【ブルーリ潰瘍】セレスタン氏(コートジボワール)の事例

Mr. Yao (Hope Commission International)

20年にわたる苦悩と拒絶から救い出されたセレスタンさん

セレスタンさんは35歳の男性で、15歳のときに左手に傷を負いました。HCIは、コートジボワールのシンフラ保健地区で行われた「顧みられない熱帯病(neglected tropical diseases; NTDs)」のアクティブ・ケース・ファインディング(地域に入って患者さんを探すための検診)で彼に出会いました。クアディオバクロ村にブルーリ潰瘍の患者さんがいるという情報を得て、村の彼の家を訪ねました。「セレスタン」と呼ぶと、隅から汚い布を被って出てきて、大きな傷を負ったままでした。この傷は、私が18年間NTDsの分野で仕事をしてきて、これまで見た中で最もひどい傷の一つでした。

N’guessan Celestin rescued from 20 years of suffering and rejection

Nguessan Celestin is 35 years-old man who got a wound on his left hand when he was 15 years-old. HCI met him during an Active Case Finding of Neglected Tropical Diseases in the health district of Sinfra, Cote d’Ivoire.

HCI team with health district team and Pastor Institute representative were visiting Brunokro Health Center whose catchment area comprises Kouadiobakro, the village were Celestin lives. We were looking for wounds from which we could take samples for a research project. We were told that there was a urge case in Kouadiobakro, so we went there. When we asked for the case, someone went and call Celestin. he came out from a corner with dirty cloths and a big wound uncovered. This is one of the worse wound I have ever seen in 18 years of work in the area of wounds.

「この傷はいつからあるのですか?」

「20年前からです」と、彼は苦しみを伝える声で答えました。

「病院に行ったことはありますか?」と聞きました。

セレスタンさんが答える代わりに、周りの人たちが大合唱で答えました。

「お父さんもお母さんも死んじゃったから、誰もいないんだよ。」

20年も一緒に暮らしてきた人たちが、「誰もいない」と言うことに私は衝撃を受けました。私は自分の言葉を探すのに必死でした。切断しかないことは分かっているが、それを言ったらどうなるのか分からない。私が再び言葉を発する前に、彼はこう言ったのです。

I stated discussing with him:

How long do you have this wound?

Since 20 years, he replied with a voice that conveys suffering.

Have you ever been to hospital?

Instead of Celestin answering, the people around answered in chorus, “he has nobody, his mother and father died”

I was shocked that people living with him for 20 years say that he has nobody. I was moved trying to find my words. I know the only thing to do to him is amputation but I was not sure what will be his reaction if I suggest that. Before I could speak again, he said ;

「私は手を切断して楽になりたいのですが、150,000CFA(300USドル)を払えと言われました。私は100,000CFA(200USドル)を集めましたが、彼らは150,000CFAを要求してきました。」

I would like my hand to be amputated so I will be relieved, but they say I should pay 150.000 CFA (300 USD). I have gathered 100.000 CFA (200 $ US) but they asked for 150.000 CFA.

「病院に行ったことがないというのに、誰が切断に300USドル払えと言ったんですか?」と私は聞きました。

彼は、私と一緒にいたシンフラ保健所の人の名前を出しました。あとで聞いたら、この人は外科医ではなく保健所の助手だそうで、彼は仲介役を演じて、この気の毒な人から金儲けしようとしていたのです。もし、本物の外科医がこの男(セレスタン)を見て、彼が自分で200USドルを集めようとした努力を見たら、それ以上要求せずに彼の面倒を見るでしょう。

「どうやって200ドルを手に入れたんですか?」と、またまた聞いてみました。

「この手で何とかしているんだ」と彼は(右手を見せて)答えました。

実は、このお金を集めるために、他人の農場で働いてお金をなんとか稼いでいたのです(農村の人たちは1日4ドルの稼ぎです)。
私は心の中で「なんてこった、この手でどうやって働けるんだ?」と思いました。

「今、あなたはその200ドルを持っていますか?あなたが治療を受けるために必要な残りのお金は私たちが出しましょう」私は彼に言いました。

「自分の手元に置いておくと使ってしまいそうなので、コミュニティのメンバーに200ドルは貸してます。残りのお金(100ドル)を集めて、12月に払い戻しがあったら、手術のために十分なお金があるかどうかを考えてみます。」

私は、「どうか、心配しないでください。あなたがすぐに手術を受けられるように、調整をします。」と約束しました。

You said you have never been to hospital, so who told you to pay 300 $US for amputation?

He gave the name of someone known by the health district person who was with me. He told me later that this guy is not a surgeon but a health assistant. Certainly he was playing the intermediaries and trying to make money on this poor guy. If a surgeon sees this Guy (Celestin) and see the effort he has made to gather 200 $ US himself, he will take care of him without asking for more.

How did you get the 200 $US?

I manage with this hand, he answered (showing me the right hand).

Actually he worked in someone else’s farm for payment to gather this money. (People in rural are paid 4$ US a day).

I said in my heart “Oh my God, how can he work with this hand?”

Do you have you 200 $ US right now? Because I want to give you the remaining for you to get treated.

I give it in loan to my community member because I could spend it if I keep it on me. I will continue to find the remaining (100 $US) and when they will reimburse me in December, I will see if I could gather the needed fund for my surgery. HCI will for you and you will get amputated soon. I promised to him.

みんなに私たちは感謝されましたが、20年の間に頑張れば助けられたのにと、私は彼らに腹が立ちました。

私は彼の連絡先を預かり村を後にしました。帰路の車の中で私たちは皆、無言でした。こんな苦しみは見たことがありません。すると運転手がこう言いました。

「ヤオさん、あなたが以前言っていた、人々は互いに物理的に近くに住んでいても、コミュニティを作ることなく、遠い存在であることもある、という意味がわかりました。手術代を工面するのを誰も手伝ってくれず、反対に彼から借金をするんですからね。」

私は車の中で涙を流してしまいました。どうしてコミュニティの人たちは、彼が期待していた100ドルを提供することができず、代わりに彼が障害を負いながら働いて得た200ドルを奪ってしまうのでしょうか?彼の周りには姉や弟、おばさんやおじさんがいるのに、20年間誰も彼を助けてくれなかったのです。

Everybody started thanking we but I was angry with them because they could have help him if they tried in 20 years.

I took his contacts and we left the village. In the car, coming back, all of us were quiet. We have never seen such suffering. Then the driver told me this: “Mister YAO, I understand now what you mean when you use to say that people could leave close (physicaly) to each other without making a community. No one help him find the money for his surgery but they take loan from him.” I started crying in the car with tears! How is it that the community members could not provide him 100 $ his was expecting and instead, they take from him the 200 $ he got by working with is deformity? He has sisters, brothers, aunties, and uncles around but no one rescued him during 20 years.

この旅の後、私は病院とコンタクトを取り、2021年9月9日に彼をDjekanou病院へ送ることが出来ました。私たちは救急車の費用を負担し、彼の両親と共に彼と同行しました。セレスタンは20年ぶりにバイクと車に乗りました。さらに、私たちは彼の切断のための費用も負担しました。

ついに切断術を受け、彼はとても喜んでいます。

退院の日には、彼に手袋、靴、マットレス、タオルを購入し、彼は威厳を取り戻しました。また、帽子のリクエストもあり、購入しました。

今後は、彼の住む地域を訪問し、養鶏場などの彼の収入源となる活動を支援する予定です。また、義肢を製作する予定です。

After this trip I made contacts with hospitals and we could send him to Djekanou Hospital on September 9, 2021. HCI paid for an ambulance to take him. 2 parents went with him. It was the first time he went of motorcycle and on Vehicle for 20 years. HCI paid also for his amputation.

Finally he got amputated and he is very happy.
The day he left the hospital, HCI purchased for him, cloves; mistress; shoes, towel, and a parfum for him to recover his dignity. He requested a hat and we purchased for him.
We are planning to visit him in his community and support him with an Income Generating Activity, probably a chicken farm. We plan also to make a Prosthesis for him.

私も、セレスタンさんに会いました。着る洋服の色もグッと明るい色になっていて、威厳を取り戻したのがわかります。この日は、子供たちにサッカーを教えるのだと言っていました。

ブルーリ潰瘍とは

ブルーリ潰瘍は、環境中に存在する細菌1)のひとつMycobacterium ulceransによって引き起こされる皮膚に大きな潰瘍をつくる疾患です。人への感染様式は未だに分かっていませんが、患者さんが川や湖などといった水辺の近くに集中をすることから、細菌が生息する環境と直接の接触か、あるいは媒介生物を通して感染することが知られています。

ほとんどの患者は、ベナン、カメルーン、コートジボワール、コンゴ民主共和国、ガーナなどのアフリカの西部と中部から報告されています。熱帯地域に集中する感染症と思われがちですが、オーストラリアや、そして日本2)でも症例の報告があります。特に、最近は、オーストラリアのビクトリアといった地域での患者の報告数が増えており、その原因が注目されています。

ブルーリ潰瘍は多くの場合、痛みのない結節(うずら卵の大きさくらいまでのしこり)で始まります。また、硬結(プラーク; 結節よりも範囲が広い皮膚の下にできるできもの)や、脚、腕、顔のびまん性の腫脹(浮腫)として現れることもあります。放置をしておくと、のちに大きな皮膚潰瘍へと進展します。このような症状の背景には、マイコラクトンという毒素が深く関与しています。マイコラクトンには、皮下脂肪織を溶かす作用や、局所免疫を抑制する作用があり、この疾患が深い潰瘍をつくり、普通であれば痛いはずが、痛みや発熱を起こすことなしに進行していく特徴につながっています。この特徴は、患者さんが異常に気がつくのが遅れて、診断が遅れることにもつながっています。

ブルーリ潰瘍は、2つの抗生剤(リファンピシンとクラリスロマイシン)の8週間の混合投与で、治る病気です。しかし、潰瘍ができてからの治療は、抗生剤の他に潰瘍の治療も必要となり、ときには手術も必要になります。また、たとえ潰瘍は閉じたとしても、大きな潰瘍は、関節の拘縮や見た目の変形につながります。長期的な障害を予防し、治療費を減らし、人として尊厳のある生活を維持するためには、早期診断と治療が最も確かな方法です。


1) 特に、抗酸菌という菌の種類になり、ブルーリ潰瘍の他には、例えば結核やハンセン病が抗酸菌による病気になります。
2)日本のブルーリ潰瘍については、別途説明のページを設けます。
※「参考文献: WHO Buruli ulcer (Mycobacterium ulcerans infection)

皆様のお力をお貸し下さい

NTDsは通常、低所得国および中所得国の公衆衛生上の問題とみなされており、また皮膚病は多くの場合生命を奪う疾患ではないため、先進国ではほとんど注目されておらず、支援を受けられていないのが現状です。先進国では既に治療法が確立しているにも関わらず、未だ多くの罹患者がNTDsで苦しんでおり、同時に皮膚病は病変が視覚できるため、謂れのない偏見や差別を生涯に渡って受けていることも事実です。

クローバーヘルス・インターナショナルは、「顧みられない熱帯病」など開発途上国に蔓延する感染症に罹った患者の早期診断・早期治療を目標に掲げ、発展途上国でも診療管理や遠隔診療に利用のできるスマートフォンのアプリケーションを開発し、データ収集や研究に努めてきました。

令和5年6月現在、コートジボワール、ガーナの協力により、2,197名 3,486件の診療経過情報を集める事が出来ています。その多くが、後遺症発症前の早期診断の段階で治療導入ができた症例になります。

患者さん一人一人が疾病を克服し、元の生活に戻ることができ、疾病の為に失われそうになっていた様々な人生を取り戻すことが出来て、はじめてその疾患を根絶することができたといえます。我々の開発しているシステムは、大きな枠組みの疾病対策の中では見過ごされがちな、一人一人の幸福を取り戻すことを最終的な到達目標としています。